■エッセイ30…2005年9月2日付長崎新聞「うず潮」掲載

| 「月と唐人屋敷」 ヤマサキユズル テレビの取材で「月の美術館がある唐人屋敷と月の関連は?」とインタビューを受けたのがきっかけで「月と唐人屋敷」をテーマに書いてみようと思いました。長崎と中国は歴史的にも深いつながりがありますが、月に関連したもので中国から伝わり当たり前のように生活の中溶け込んでいるものもたくさんあります。 お月見は中国がルーツで平安時代に遣唐使によって日本に伝わったようです。中秋の名月は仲秋節として9世紀末から10世紀に始まり唐の時代に八月十五日の観月が確立します。日本で最初の月見は909年の醍醐天皇の記録です。長崎の中華街でも見かける月餅(げっぺい)は仲秋節のお供えですが、元の時代に食し始め、明の時代には欠かせないものになります。今年の中秋の名月は新暦では9月18日、来年は10月6日となります。当時の唐人屋敷でも八月十五夜に仲秋節が行われていたことでしょう。来年開催の「長崎さるく博」では10月6日に「長崎月見の宴」も計画されています。 ついでながら仲秋と中秋は意味が違います。旧暦では七月、八月、九月が秋で、秋の真ん中の八月を仲秋と呼びます。仲秋の真ん中である八月十五日をさすのは中秋。ですから中秋の名月と書くほうがいいのです。 お中元は夏の贈答の風習ですが、本来この中元は道教の三元説で旧暦七月十五日をさしています。中国南北朝時代には三元(上元・中元・下元)が確立し仏教の盂蘭盆会(うらぼんえ)と一緒になり盛んになります。日本でも昔は盂蘭盆会を中元と呼んだこともあったそうですが現在では盂蘭盆会が「お盆」、道教の中元は「お中元」として残ります。ただ新暦では8月15日に固定されて満月の行事ではなくなりました。盆踊りも本来満月の夜のお祭りだったのです。 上元を祝うのは元宵節で春節から数えて15日目の最初の満月の日です。旧暦のお正月の締めくくりで長崎ランタンフェスティバルもこの日で終ります。 (「月の美術館」館長、長崎市) |