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■エッセイ28…2005年7月10日付長崎新聞「うず潮」掲載
                   
                             


「長崎と月琴」  ヤマサキユズル

坂本龍馬が姉に送った手紙に「まことにおもしろき女にて、月琴をひき申し候、名は竜(りょう)と申し、私に似ており候」とあります。
この龍馬をはじめ勝海舟、西郷隆盛、吉田松陰、高杉晋作、伊藤博文、大隈重信、福沢諭吉、など長崎にやって来た幕末の志士たち、さらに太田蜀山人、平賀源内などにとって月琴の音色はその活動を支えるバックミュージックとなっていたと、長崎市の無形文化財に指定されていた故中村キラさんのレコード解説(元長崎新聞編集委員深潟久氏著)に詳しい。さらに長崎の名家であり志士たちのスポンサーだった小曽根乾堂は明清楽では「西の乾堂」と称され、その小曽根家には坂本龍馬の亀山社中の連中がたむろしていたと書いてあります。

 長崎に住んでいても月琴の演奏に触れる機会はなかなかありません。〈月〉の会・長崎の主催としては2回目でしたが、5月に長崎市史跡「中の茶屋」で月琴演奏会とお茶会を催しました。この日は二胡など三つの楽器の合奏で、とくに月琴は日本に二つあるかという名器を使っての演奏でした。「中の茶屋」では文人たちが集い月琴を弾いていたという記録も残っているとのこと。そのゆかりの場所で月琴の素朴で優しい音色に耳を傾けたのは30名。たまたま居合わせた観光客の方々も「面白いね!」と興味深げに聴かれていました。なんとも幸せな気持ちになりました。

 月琴は満月のような丸い胴に4本の弦が張られています。弦は2本ずつ同じ音に調弦され、鼈甲で作られた小さなバチで弾きます。琵琶と同じ仲間だそうですが、材質は桐で作られていて軽くて持ち運びには便利です。音が小さいのでお座敷で聴くのにちょうどよい具合です。

 月琴との出会いは2003年、この「うず潮」に月の美術館で月琴を聴きたいという夢を書いたことがきっかけでした。それにしても月琴の演奏会を主催するようになるとは思ってもいませんでした。(「月の美術館」館長、長崎市)

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