■エッセイ26…2005年5月3日付長崎新聞「うず潮」掲載

| 「月を巡りて」 ヤマサキユズル 月の美術館がある館内町の隣町は十人町です。唐人屋敷時代に野母遠見番の役人十人の役宅があったことからそう呼ばれています。その役人の家系だという方から伺ったお話です。月夜の宴では筆に水をつけて床の間の土壁などに落書きして遊んだそうです。しばらくは月の光で見えるけれども翌日には乾いて消えてしまうという実に風流な遊びです。 「流光散衣襟」〜流光とは月光のことで月の光が襟に降り注ぐという情景です。さらに続いて「我心本如月 月亦如我心」〜私の心はもとより月のようです、月もまた私の心のようです。この五言律詩は2年ほど前に友人から頂いた南宋の詩人真山民の「山中の月」の一節です。詩の最後の部分「心月両相照 清夜長相尋」〜清き夜、心と月が輝きながらいつまでも語り合っているようです。 心の月を描き始めて6年目、これまでに350点ほどの月の絵が生まれました。描き始めたころはこれほどまでに月の存在が深く大きいものだとは思いもしませんでした。いくら描いても月の魅力やパワーは新たな世界に広がっていて、一枚の作品が生まれるごとに遥かな月を眺めてはため息をついている自分がいます。 月の存在が人生に影響を与えているといわれてもそんな馬鹿な!という方が多いかもしれません。しかし占星術では太陽や月や星の位置、生まれた時の月齢がその人の性質や性格形成に何らかの影響を与えていると考えます。その性質や性格によってその人がどう生きていくかが見えてくるそうです。自分が生まれた時の月の形は人生において重要なバックアップになるとされ、ものごとや人間関係を変えたいときや大事なことに取り組む時もその月齢に合わせるとよいといわれます。 また一般的な太陽の星座とは違い月の星座というのがあり、自分が生まれたときに月がどの星座にいたかによって決まります。とくに女性は月の影響を受けやすいためか月の星座はかなり当たっていると評判です。(「月の美術館」館長、長崎市) |