■エッセイ33…2005年12月3日付長崎新聞「うず潮」掲載

| 「月と暮らしていた(1)」 ヤマサキユズル 地元のラジオにゲスト出演した時のことです。収録が終わり五島列島の富江町出身だというアナウンサーさんとのお話の中で中秋の名月の頃「まんだかな〜」という行事がありましたと伺いました。子どもたちが「いもはまんだかな〜」と言いながら芋やお菓子をもらってまわるそうです。 またインターネットで出会ったミュージシャン野呂善蔵さんは幼少の頃富江で暮らしたそうですが、ご自分のHPの中で「中秋の名月の夜、仲の良い友人と連れ立って思い思いの家の軒先で「いもはまんだかな〜?」と叫ぶ。すると、その家の家人が用意していた芋を差し出してくれるのだ。中には芋ではなくお菓子だったり、チリ紙に包んだ小銭だったりもする。この行事に参加するのは殆どが小学生ぐらいの幼い子供なのだが、日頃気になっている好きな女の子の家を訪ねたりするのも楽しみの一つだった。」と述懐されています。 この行事はボクが知らなかっただけで有名な十五夜の行事のようです。ただ最近では「芋はまんだかな〜」は芋ではなくお菓子が目当てになっているそうですし、残念なことに教育上良くないということでなくなってしまったところもあると聞きます。 十五夜の行事以前からあったといわれる月の出を待つ月待ち行事は各地に月待ち塔が残っています。なかでも正月・5月・9月の「二十三夜待ち」は重視されていたようです。そのあとの「二十六夜待ち」は江戸時代には盛んで、海を望む高台に上り徹夜したそうです。いずれも人々がお月様とともに生活していたことを伝える貴重な風習だと思います。 日本料理の包丁さばきの一つに半月切りがあります。輪切りにしたものを半分に切ったものを言います。半月切りをさらに半分に切ったものを、銀杏(いちょう)切り。ほかに輪切りにしたものを少しだけ切り落とした十三夜切りという切り方もあります。こんな風に意外に身近なところにもお月様は生きているのです。 (「月の美術館」館長、長崎市) |