■エッセイ21…2004年12月5日付長崎新聞「うず潮」掲載

| 「月に帰ったかぐや姫」 ヤマサキユズル 光輝く竹の中で見つかり、中秋の満月の夜に月に帰ったというかぐや姫について書いてみようと思いましたが、調べていくうちに深くて複雑な物語だということが分かってきました。 「かぐや姫」という「むかしむかしあるところに…」ではじまる口頭伝承の昔話と年代や場所がはっきりと書かれている小説としての「竹取物語」という物語があります。紫式部は『源氏物語』(絵合せの帖)では、『竹取物語』のことを「物語の出で来はじめの祖(おや)」と書いています。つまりわが国最初の文学だと言っています。 しかし、作者や年代を含めてその成り立ちは謎に包まれています。ある説では日本だけで成り立ったのではなく広く西大西洋諸国に広がっている竹取・羽衣説話の流れの上で整えられたりまとめられたりして、平安時代に日本人の手によって現在の形になったのではないかといわれています。平安時代初期にまとめられた頃には「作者についてはわざと匿名にした」という説や「政治的目的によってまとめられた」という説もあるようです。 その昔、奈良時代葛城王朝(現在の広陵町辺り)の娘、迦具夜比売=「かぐや姫」=「輝くばかりに美しい」は大和王朝の王からの求婚を断り死を選んだ…このかぐや姫伝説をもとに書かれたのが「竹取物語」で実在した人物が特定できるそうです。 また別説によると古事記には、開化天皇の孫「大筒木垂根王(おおつつきたりねのみこ)」とその娘「迦具夜比売命(かぐやひめのみこと)」の名が記されていて、その名前からかぐや姫の里は京都府京田辺市付近だとされています。 「竹取物語」では驚異的な速さで成長したかぐや姫に言い寄る5人の貴公子たちの求婚を退け、帝との3年にわたるプラトニックな愛の生活中に月に帰る時期がやってきます。竹取の翁夫婦や帝の力も及ばず月に帰ったかぐや姫のお話は「冨や権力」などが及ばない世界があることを暗示しているようです。 (「月の美術館」館長、長崎市) |