back

■エッセイ19…長崎新聞2004年10月1日付「うず潮」掲載
                   
                             


「月待ちの文化」  ヤマサキユズル
月の初めをついたちと言うのは「月立ち=つきたち」から来ています。月暦の一日は新月で月は見えません。月のかたちの変化とともに月の出る時間も変化します。満月を過ぎると月の出が夜遅くなっていきます。
十五夜後の月を表現した日本語がすてきです。もういいのかなとためらい(ためらう=いざよう)ながら出てくる十六夜(いざよい)、立って待っていると出てくる立待月(たちまちづき)、座って待っている(居待ち)と出てくる居待月(いまちづき)、夜遅くなり寝て待っていないと出てこない寝待月(ねまちづき)あるいは臥待月(ふしまちづき)、夜更けに昇る更待月(ふけまちづき)、こんな風に月が出るのを待っている文化があったことがすばらしいと思います。
ある特定の月齢の月が昇るのを待って人々が集まり、月に供え物をしたり拝んだりする行事を月待ちといいます。三日月待ち、十三夜待ち、十六夜待ち、十七夜待ち、十九夜待ち、二十二夜待ち、二十三夜待ち、二十六夜待ちなどがあり、各地に石塔が残っています。もっとも一般的だったのは二十三夜待ちで「三夜様」「さんや」とも呼ばれています。深夜12時頃に顔を出すため「真夜中の月」とも呼ばれ、真夜中の月に願いをかけると叶うといわれて盛んでした。また昇る月が三体に見える三体月という伝承があり、「月の会・長崎」の例会でも小さい頃に見たことがあると話題になりました。宮沢賢治の童話にもある二十六夜は俗に「六夜待ち」といって江戸時代は盛んだったようです。
そのほかにも十日夜(とうかんや)という行事は旧暦十月十日の夜に行う収穫祭で、月が沈むまで夜なべするとお金持ちになるといわれています。
月待ちとお月見は起源が違うそうですが、旧暦九月十三日の月は中秋の名月に対して「後の名月」とか「豆名月」「栗名月」と呼ばれます。今年の十三夜は10月26日ですが、月の美術館では「豆名月のお茶会」を催します。
(「月の美術館」館長、長崎市)

back